エジプト人とは何者なのか?歴史や宗教など最新の情報を徹底解説!

エジプト人と言えば、テレビ番組によく出演する女性芸能人のフィフィが思い浮かぶでしょう。しかし、それ以外にエジプト人の特徴は思い当たらないですよね。

 

そこでエジプト人とは何者なのか、歴史や宗教などから解説していきます。

1.エジプト人の宗教と民族性とは

まずエジプト人の90%がイスラム教徒で、残りの10%がキリスト教徒です。

 

その中には、エジプトの人口の大半を占めるエジプト民族、次にアラブ民族やギリシャ民族、トルコ民族もいます。エジプトは、いわゆる他民族国家です。

 

エジプトは後ほど説明しますが、歴史を見ると様々な国から侵略され、色々な民族が住みつきました。最終的に、エジプト人はイスラム系の国に支配され、イスラム系国家となっていました。

 

その結果、イスラム系の文化の影響をうけ、エジプトでは男女が結婚する前に性行為を禁止されています。もし婚前交渉が見つかったら、宗派によって違いますが、厳しい罰が待っています。

 

またエジプト人の性格は、「忍耐強い」や「寂しがり屋」と言われることが多いです。

 

イスラム教の教えを忠実に守って生活しているので、忍耐強いと言われています。確かに豚肉禁止や断食の習慣があり、忍耐力はあるのでしょう。ただしイスラム教のイメージが先行しており、正確な性格の傾向は日本ではうかがい知れません。

2.現代エジプト人が住まうエジプトとは?

エジプト(※正式名称エジプト・アラブ共和国)では、首都がカイロ、人口9300万人(出所:2017年エジプト中央動員統計局)となっています。

 

エジプト人が使う言語はアラビア語が多いです。首都部では英語も通用するレベルで広まっています。

2.エジプトの紀元前の歴史

エジプト人の歴史は、紀元前5000年前から始まっています。ただ王朝(国)がコロコロと変わっているので、複雑な歴史になっています。

 

王朝だけでも30王朝(国)もありました。分かりやすくする為に、簡単に紀元前の歴史を年表してみました。

 

■紀元前5000年~3000年|先王朝時代
小さな国が乱立、争いの時代。

 

■紀元前3000年~2650年|初期王朝時代
エジプト出身のナルメル王(メネス王)がエジプト全土を統一。ここからエジプトの王朝が始まり、1年を365日にする暦が作られた時代でもあります。

 

■紀元前2650年~2180年|古王国時代
ピラミッドの建設が始まった時代です。

 

■紀元前2040年~1785年|中王国時代
古代エジプト文学を代表する古典が次々に生み出されました。その文学作品から当時の政治や社会をうかがえます。

 

■紀元前1570年~1070年|新王国時代
古代エジプト文明が最も栄えた時代です。あの有名なツタンカーメンもこの時代に作成されています。また新王国時代では、シリア地方も支配地域でした。

 

■紀元前 750年~ 305年|末期王朝時代
この末期王朝時代では、アッシリアによって征服されたエジプトを管理する王朝「サイス王家(サイス朝)」から始まる時代です。

 

その後、アッシリアが弱体化したことにより、サイス朝は独立を果たします。しかし、後に現れたオリエント世界の覇者アケメネス朝の侵攻を受けて支配下に入りました。

 

■紀元前 305年~30年|プレマイオス王朝
将軍プレマイオスが王に即位し、プレマイオス王朝が樹立。エジプト最後の女王であるクレアパトラがいた時代です。

 

クレオパトラは、ローマのカエサルと密会して味方に引き入れた。しかし、カエサルの死後はローマが敵となり、滅ぼされる。

 

■紀元前 30年~紀元後395年|ローマ支配時代
エジプトはローマ帝国の支配下に入り、属州となりました。

3.エジプトの紀元後の歴史

4世紀からビザンツ帝国領となりましたが、7世紀になるとイスラム化し、16世紀にはオスマントルコ帝国領となりました。

 

1922年にイギリスによって王制の国として独立しましたが、実質的な植民地でありました。その後、1952年にクーデターによって共和制となり、イギリスから実質的に開放されました。

4.エジプト人まとめ

人口増加が著しく、あと数年で1億人を突破する可能性が高い国、それがエジプトです。しかもエジプト人の平均年齢は24歳とかなり低いです。

 

ちなみに、日本人の平均年齢は45歳。倍近い差があるのです。つまり経済成長を続けていく為のエンジン――若者が他国よりも多いということに他なりません。

 

まだまだエジプトとの繋がりは深くありませんが、今後は何かしらの繋がりができて無視できない存在になるかもしれませんね。